中途半端な年号だなあ、と思われる皆様。ごもっともです。これは単に、私の科学記者としての在籍期間でしかすぎません。
ときどき抜けていますが科学記者としての15年に区切りをつけ、2008年4月1日から産経新聞横浜総局に赴任しました。神奈川県内の研究所や大学も時間があれば取材するつもりですが、基本はデスクとして社会面や地方面を毎日作る作業をします。ただし。「科学記者という絶滅危惧種のブログ」は続きます(と、思います)。
さて、結論からいいますと、この15年間、日本の科学技術はピークから急速に下降を続けました。国家予算が増えているじゃないか。お叱りの声が聞こえてきます。たしかに、高度経済成長が終わり「物まね」から「創造」へと使命が変わった日本では、1996年にスタートした科学技術基本計画によって国と自治体による科学技術予算が増やされています。確かにお金は増えました。しかし、尺度はお金ではなく、科学者に対する「リスペクト(尊敬)」であるべきだ、私はそう感じます。
◎きっかけは偽装
1994年2月4日に、日本は純国産ロケット「H2(HII)」の第1号打ち上げに成功しました。今のH2Aの原型となるもので、すべてを日本の技術で作ってみたのです。敗戦後に、航空機開発を一時禁止されたわが国が再び空に飛び立ったこの日は、日本の科学史のピークだったのかもしれません。
凋落のきっかけの1つは翌年起きました。1995年12月に発生した動力炉・核燃料開発事業団(動燃)の「もんじゅ」ナトリウム漏れ事故隠しです。科学技術エリート集団の動燃はビデオ映像をわれわれに隠していたのです。
優れた人間が優れた国を作る。日本は、明治以降、行政も科学も選ばれた人間が背負ってきました。偽装は、不安を防ぐための親心だったと理解してもいいのですが、しかし、すでに日本の民主化はとても進んでいました。民主国家とは、国民の針路は国民が決める社会。放射能にからむウソは一般国民を怒らせたのです。
ほとぼりが冷めたころの1997年3月、動燃の東海事業所再処理施設アスファルト固化処理施設で火災爆発事故が発生しました。ここでも、虚偽報告が明らかになりました。
時はちょうど、橋本内閣が中央省庁再編の最終作業をしているときでした。これで、ボスである科学技術庁復活のチャンスは閉ざされたのです。、省となっていてもおかしくなかった科技庁は、原子力行政の一部が経済産業省に、科学技術会議(当時)の事務局としての機能は内閣府の総合科学技術会議にと、事実上解体されたのです。
ここで、着目していただきたいのは、民主主義の根幹の知る権利において非常に重要な役割を果たすと自負している報道機関にも影響を与えたことです。科学記者の勢いがなくなり、結果的に国民の科学に対する関心に応える「科学面」の存在価値まで失われているのです。
◎記者クラブも変化
科学技術庁にあった科学技術記者クラブは、科学における広い分野を担当し、科学に詳しい科学ジャーナリストのたまり場でした。「科学技術」に限らず、文化としての科学に対する考えも深められる場でした。記者クラブは役所との共生ではないか、新聞社間の談合の場ではないかという弊害論もあるでしょうが、少なくとも、高い職業意識を醸成する場でした。
2001年以降、科学技術記者クラブは、文部省の文部記者会と統合して「文部科学記者会」となり、各社のブースは科学系と教育・文化系とが同居することに。文系的花形職業の新聞社内ではわたしども理系の処遇は推して知るべしです。かつては両クラブに1人ずつ置いていたテレビ局などの小規模報道機関は統合により人員が削減されました。兼務すると当然ながら社会的関心の高い教育に偏重します。専門性は下がり、会見でも、話を単純化させようとする質問が目立ちます。
2007年、京大の山中伸弥教授によるヒトの人工多能性幹(iPS)細胞が発表されました。それなりにすごい成果だとは思います。しかし、海外メディアも報道しているぞと「空気を読む」記者たちの増幅効果によって、過熱していきました。政治家や行政もこの空気に鋭敏に反応。日本で生まれた成果を海外に先に越されてしまってはならない。経験豊かな科学記者が冷静にものを考える時間もなく、自動的に、「国家間の競争に勝つべきだ」というあるべき世論が形成されていきました。
これは一例です。どんな分野でも、インターネットにより、情報があっという間に伝わる時代には、じっくりと深く考える専門的な記者は軽視されていくのかもしれません。広げて言えば、国を憂うよりも、明日の日本の経済を憂わなければならない時代なのかもしれません。
◎専門記者は、インターネット時代に不要でしょうか
さて、民主主義といっても、1つの価値観でまとまる自民党が政権をとっている間は、科学者にリスペクトはなくても、お金は出すという姿勢も続くかもしれません。国民の科学に対する理解が低い国でたくさんの予算が割かれるのは異常である。より民主的にものごとを進めようという世の中になったとき、科学者はそのことに初めて気づくのかもしれません。
科学記者(自称、ブログ活動も含めて)が増えなれば、科学への関心は高まらない。そんな結論になってしまったので、当面、ブログをやめるわけにはいきまへんなぁ。


by 原田成樹
もう一つの甲子園はじまる